向精神薬処方に課題、患者ネット販売
医師に処方された向精神薬の販売広告をインターネット上に出したとして、麻薬及び向精神薬取締法違反に問われた千葉市の女(27)と札幌市の女(48)の初公判が近く、静岡地裁で開かれる。
2人は精神障害者認定を受けており、減免制度で安く購入した向精神薬をネット販売していたとされる。向精神薬が患者から流出した背景には病院や薬局による患者のチェック体制に課題があるようだ。
■100万円の利益
札幌市の女の自宅に今年7月、県警薬物銃器対策課の捜査員らが捜索に入ると、未開封の向精神薬が大量に保管されていた。これらは医師の処方を受けた「正規ルート」で入手した向精神薬だった。千葉市の女も同様で2人の自宅から押収した向精神薬は18種類、計6000錠に上る。県警は、2人が半年間で約100万円の利益を得たとみている。静岡地検は、2人に責任能力はあると判断し、起訴したとみられる。
■「性善説で処方」
厚生労働省によると、向精神薬の不正入手事件は2011年には63件あった。向精神薬を患者が服用したかどうかを確認するのは困難で、県内のある精神科医は「適切に服用したかは患者本人に聞くしかない。処方するかどうかや、処方量は性善説に基づいた診察で決める」と打ち明ける。医師の処方箋を手にした患者に向精神薬を手渡す薬局でも、服用したかどうかを確認するのは困難だ。処方履歴を確認する手段は薬剤師が記録する「お薬手帳」を患者に提出してもらうしかないが、あくまでも任意だ。
こうした実態を踏まえ、厚労省は12年4月以降、「向精神薬を含む薬は、残薬の確認をしてから処方する」ことを求める通達を病院や薬局に出しているが、「確認するために空の容器を持ってきてもらっても仕方ない」(精神科医)との声も上がり、現状では確認のための有効な手段は取られていない。
■「組織犯罪の温床」
診察そのものも形骸化しているようだ。国立精神・神経医療研究センター(東京都)が11年に実施した調査では、向精神薬の依存者のうち44%が診察を受けずに薬を処方された経験があったという。
大阪市では10年、暴力団関係者らが生活保護受給者に入手させた向精神薬を、安く買い取って転売する同法違反事件が発覚。県警幹部は「向精神薬が簡単に手に入る現状は、これを資金源とする組織犯罪の温床となる恐れがある」と警鐘を鳴らす。
■複数の病院から入手
患者が複数の医療機関から向精神薬を入手したことを見抜く仕組みも不十分だ。国民健康保険に加入している患者は、診療報酬の一部を負担し、残りは病院が市町に請求する。請求額が適切かを審査する県国民健康保険団体連合会(県国保連)は個々の患者の医療費を把握できる立場だ。
だが、「市町の医療機関ごとに担当が違う」(県国保連)といい、市町を横断した複数の医療機関の受診記録をチェックする役割は限定的だ。
■ネット販売解禁で懸念
また、今年1月、処方箋なしで購入できる市販薬のインターネット販売を一律禁止した厚労省令を違法とした最高裁判決が出されたことにより、市販薬のネット販売は事実上解禁された。政府はネット販売の規制を緩和する方針だ。
これにより、市販薬に紛れた向精神薬の違法譲渡が横行する可能性は否定できない。県警幹部は「向精神薬が市販薬と偽ってネット販売されていても、中身の成分を調べなければわからない」と懸念している。(村上藍)
向精神薬 脳の中枢神経に作用する薬物で、うつ病や統合失調症の患者に対し、精神安定などの医療目的で処方される。麻薬と同程度の依存性を持つ種類の薬もあり、乱用すると、幻覚症状が出たり、判断能力が低下したりする。麻薬及び向精神薬取締法は、医師の処方箋なしに譲り受けることや、販売目的で所持することなどを禁じている。